Narah #2 「大公園(ソウルランド) その2」

 列車の残光を見送ってしまうと周囲には音も、光もなかった。それどころか下水のにおいだろうか、すごく据えたにおいがして、思わず鼻をつまんだ。


 一歩一歩歩いていく。服が汚れることはさっきからないのだが、嫌なにおいと暗闇は続く。

時々ぴちゃん、ぴちゃんとしずくが落ちる音がする。


 出口はどこだろう。この荷物を届けなくちゃいけないのに。

見えない出口を探すときほど恐怖に陥ることはない。


 わずかでも光るものを探してみると、一つ思い浮かぶものがあった。


あの輝きならば少しは何か見えるかも。

身の安全にもなるし一石二鳥と考えて剣を引き抜く。


 すると自分の周りに何があるかが見えるようになった。

どうやらここは地下鉄のホームの様だ。さっき止まった列車の向かい側に、電車が止まっている。


 そして壁を見ると「大公園(ソウルランド)」と書かれた看板がかかっていた。

一緒に掲げられていた駅構内図を見ると、少し先に階段があり、そこを上ると改札口があるようだ。そして改札を抜けてしばらく歩くと小荷物の届け先であるソウルランドに向かう「ゾウ列車」があるようだった。

 

 わたしは剣の光を頼りに歩いていく。

しかしなんでこんなに暗いのだろう。電気一つぐらいついていてもいいのに。

 

 この世界は人の気持ちを映した世界だという。

もしそれが本当なら、これが人々の心なのだろうか。暗くて、鬱屈した…そんな感じだ。

 

 そして階段を見つけた。わたしは足元に気をつけて一歩一歩上がっていく。

まるで廃墟探検をしているような気分になった。

この大公園駅もこの世界では廃墟なのだろうか。

号線はわたしの元いた世界では普通に動いていたし、それなりの本数があったように思う。

それなのにすべての光をも吸収してしまうような闇を放っているのはなぜなのだろうと思った。

 

 階段を登り切り、改札口を乗り越える。

改札口を乗り越えるなんて初めてだ。

でもなぜだろう、ここではなんとなく人影を感じる。

後ろの方に誰かがいるような感じがした。

改札口を乗り越えた後ろめたさだろうか。

少し薄気味悪かったが足を進める。

 

 出口は番が近いらしい、そう構内地図の横に掲げられた周辺地図に書いてあった。

少しずつ、少しずつ進んでいく。

それにしてもさっきからずっと、無言の、何か冷たいものを感じる。

さっきの改札口を乗り越えたことを誰かが、自分が、責めているのだろうか。

 

 番出口は改札口を出てすぐにあった。

その階段をつけ狙う誰かの気配を感じつつ上っていく。

出口を出て見えたのは、赤い月、そして黒の空だった。

わたしはその光景を見て、自分は世界を超えたのだ、そう感じた。

そう言えばこの世界に入ってから列車は地下に潜ったため空の色をそう言えば見ることはなかった。

黒の空に、赤い月。どこかあでやかだが、何か足踏みをしてしまいそうになった。


 「その荷物は誰のもの


呆然と空を、そして前を見ているとどこかから声がした。

思わず剣に力が入る。

「貴方って節穴ね。」

すごくあでやかな声だ。本当に大人びた、そう言う声だ。

「誰

わたしは声を張り上げた。

「誰かはもう聞いたのじゃないかしら。貴方の持っているその荷物、渡してもらえないかしら。」

「なぜ

今までに出したこともないような、そんな大きな声が出た。

「平和の為に必要なのよ。その服従の力が

服従の力…。わたしはその意味が分らなかった。

いや、文字通りの意味ならば意味はわかる。しかしそれを必要とする意味が分からなかった。

「なぜ必要なんですか!?

わたしはさらに問う。

「それをいったところでわからないでしょうけれどね。この世界の平和と安定の為に必要なのよ。」

平和と安定の為に服従の力が必要だとは思えない。何か裏の意図がありそうだ。

「…いろいろ分らないけれど、とりあえずこの中に何が入っているのですか

わたしは聞く。

「それが何なのかも知らずにそう言うとはね。ならば力づくで奪うのみ


 彼女は後ろに姿を現した。

そして弓を放つ。

その弓矢はわたしの耳元をかすめて飛び、目の前の街路樹に当たった。

わたしの身体は動かなかった。正確には動けなくなった。

「固まってしまったようね。もし貴方がその荷物を渡してくれるのならば貴方の命までは奪わないわ。でも、もしそうでないなら…。」

 

 典型的なゆすり文句ではあるが、武器を突きつけられた状態ではそんな安い言葉にすらかんたんに襲われてしまう。しかしこの荷物は渡さなくてはならない。 

「自分を信じて…。」

そう心に決めてさまざまに考える。

彼女は弓を構えていた。

「考える必要なんてあるのかしら。平和のために必要なのよ。お父様と、わたしたちと、そして人をつなぐために。楽しく暮らすこと、そして楽に暮らすこと。それになんの問題があるのよ。」

言いたいことはわかる。しかしわたしにはその必要性を欲していた。

そのために何をすべきなのかを考えたかった。そして一つ聞くことにした。

「何のための平和なんですか


 しかし…

10…。」

何か数字を数え始めた。


…。」

答えを出させるためのカウントダウンか

あと数秒で判断を出せだなんてあんまりだ。

しかし時間は過ぎていく。


…。」

自分の命は惜しくないのか。


…。」

自分はこの荷物を届けたいのか。


…。」

さっき自分が勇者になる、と決めたのは何だったのか。


…」

勇者ならそれとしての使命を果たすべきではないのか。

…」


自分の使命とは何か。

1…」

とりあえずの心は決まった。


わたしは「白兎」に力を込めた。

「白兎」は強い光を放った。

「なるほど。ならばわたしにも考えがあるわ。」

わたしは走る。

「泥棒」のもとへ。


100

90

80

70


 どんどんと「泥棒」に近づいていく。

いつもより速く。


そしてわたしは


飛び上がり


剣を構える。


力を借りる。


雷の…。


 しかし「泥棒」はそこを狙っていたようだった。

後ろに魔法陣が出てくる。

そこには万を超えるであろう弓矢があった。

その一つ一つがわたしを向いている。

そのことに切りかかる前に気づいてしまった。

わたしは慌てて姿勢を崩し、着地しようとした。

しかしそこを「泥棒」は狙っていた…。

弓を引く。

キィという小さい音を立てて。

「泥棒」は不敵に、しかし大きく嗤った。

そして…。

弓矢は…。

放たれた。


 

 猛烈な数の弓矢が飛んでくる。

その万発の弓のせいか風まで吹く。

弓矢は風切り音を立てて飛んでくる。

わたしは何もできない。

もう終わりだと思った。

 

 しかし…

「あんたみたいなクソが勇者なんて、ミルも少し感覚鈍ったみたいね

どこかから声が聞こえる。

しかしひどい言い草だ。


「ミルのためだよ、クソアマが。」


 その声のあと、猛烈な風が後ろから吹いてきた。

踏ん張っていないと立っていられないほどだ。

その風を受けて弓矢は停止する。

そして…

弓矢は「泥棒」のもとへと飛んでゆく。

しかし…

弓矢は「泥棒」を避けた。

 

 わたしはその姿を疑った。

「泥棒」は防御をしていたのだ。

紫色の結解が張られ、それを避けるかのように跳ね返った矢は飛んでいった。

「ほう。誰かがいるようね。」

わたしは周囲を見渡した。

すると一人の、これまたわたしと同じくらいの年齢の少女が降り立った。

「そこのクソ勇者、あたしに感謝しな

さっきからクソ勇者だのとすさまじいこと言っている。

それにいくつか聞き取れない言葉も発しているようだった。

「さっきからヨクばかり、品がないですわ。」

「品格なんてどうでもいいんだよXX

「あら…。そんなこと言ってもいいのかしら

「とりあえずあたしのじいちゃんのお客さんに一歩でも触れたらぶち殺すよ

「お客様泥棒じゃないかしら

「泥棒だと

「そう。さしずめ泥棒鵲かしら

「うっせクソXX

さっきから敵と命の恩人はものすごく口汚く喧嘩していた。

「あの…。」

わたしは口を挟む。

「なにかしら。」

「泥棒」の方が余裕があるようだった。

「さっきから聞いていますがわたしのこれ、いったい何なのですかなぜ狙うのですか

とりあえず無用な対決をしたくない。

できることなら離れたい。

きっとそれが平和なんだろう、わたしはそう思う。

「あなたの持っているのは水晶だわ。」

「水晶…。」

わたしはもう少し割れやすいのだからもっと丁寧に扱えばよかった。そう思った。

それと同時に平和の水晶をなぜ運ぶのかも気になった。

「その水晶を持てばこの世界は平和になるそれがどんなに美しいか考えただけで幸せになるわお父様、ありがとうございます…。」

「そんなものをあんたたちが持っても意味がないんだよフXック。」

相変わらず鳥の少女は中指を立てて罵る。

「『泥棒』の目的はいったい何なのです熊の姫しかり、水晶しかり。平和の為に盗みを働くなんて矛盾しているじゃないですか。」

「泥棒」は少し微笑んだ。そして…

「世界を統一するのよ。そして心から豊かにしていくのよ。そのための手段は問われないわ。だってわたくしたちは約束されていますもの。わたくしたちは楽園へと旅立つ人間のための園を作るのです


 世界を豊かにして統一する…別に悪いことではないように思った。

わたしはどうしたらいいのか、混乱し始めていた。

どうして倒さなくちゃいけないのか。

どうしてわたしは勇者にさせられたのか…。

でも「幸福の為に誰かを服従させる」ことに、心がざらつく感じもした。

それでも楽園を別に悪いことじゃない。


 さらに世界統一は平和のためだし、南北統一だって同じだ。

民族の悲願だとある人は言っていた。

それがなぜいけないこととして裁かれるのか。

 そしてなぜ「泥棒」という蔑称を受けなければならないのか。

わたしには理解できなかった。

「なんで泥棒なんですか…。別に悪くないじゃないですか。世界統一、心から豊かな生活。わたしだって送りたいです。」

すると「泥棒」は嬉しそうに微笑んだ。

「良い子ね。かわいいわ。」

しかし鳥の少女はわたしを見下すように言った。

「やっぱりこんな奴に勇者なんて務まるわけないみたいね。はぁ…」

「なんでよなんでわたしじゃダメなのよ。」

わたしはその鳥の少女に問い詰めた。

「言葉に隠されている言葉に気づけないバカの何が勇者だって話だよXX

なぜわたしまで罵られるのかがわからない。

そんなに悪いことをしたのだろうか。

「こいつらが言っている世界統一は統一といいながらの分断だし、心からの豊かさはこいつらの信じる神の恵みなる頭のおかしい多幸感なんだよそれくらい覚えとけXX

そう言うと「泥棒」はすかさず言い返した。

「笑わせてくれるじゃない。わたしはいかれてなんていないわ。ただ人の幸せを願っている。貴方がたこそ人々に幸福を与えることなんてできてないじゃない。」


 相変わらず「泥棒」には余裕があった。

一方で鳥の少女はすごく悔しそうだった。

わたしはどちらについたらいいのかわからなかった。

そして何の話をしているのか、やはりわからなかった。

でも、「なんとなく」で倒していい敵ではない、そう言うことだけはわかった。


 じゃあその彼女は倒すに値する敵なのだろうか。

問題は水晶だ。水晶をめぐって、命を狙われている。

その水晶は人を屈服させられると聞いた。

しかし開けるなといわれている。

「楽園、って何なのですか

今できることはこう聞くこと以外、なかった。

「楽園…なんて甘美な響きでしょう。わたくしたちナラの人間でも、人間界の人間でも、死んだあとでも永遠を過ごせる…そんなところよ。」

それに対し、鳥の少女の意見は違うようだった。

「あんたたちのせいでいろんな世界がなくなったんじゃねーかあたしたちの世界まで滅ぼすつもりなんだろXX!

そしてわたしにも鳥の少女は教えてくれた。

「いいこいつらの考えはね、いろんなものでいっぱいになった心の世界を一人の父親のためってことで破壊することにあるのよ。だからこいつらに付和雷同するなってことよ

彼女は力説した。

どちらが本質なのか。

説得力で判断していいのかわからなかった。

そしてどちらが正しいのかも…。

「自分を信じ、愛しなよ。」

どこかで声がしたような気がする。

ミルの声のように感じられた。

信じるにしても誰を信じたらいい

どちらともわたしを狙っているといえる。

そんな環境で誰を信じるか、なんてあまりに難しいことだ。


 …自分がないんだ。


考えているうちにそう、ふと抱くようになった。

自分があればきっと考えていられる。しかしその参照すべき自分がなければ善悪すら考えられない。

そう思うと急に空しさを感じた。

「クソ勇者、あんたまさか迷ってるんじゃないでしょうね!?


…そうだ、迷っているんだ。


何をしたらいいのかわからない。

どうしたらいいのかわからない。

「迷うことはいいことよ。でも正しいのはわたくしよ。」

「泥棒」はわたしをこう、誘惑した。

しかしこの言葉には明確な抵抗を持った。

そしてその言葉で、わたしの答えは決まった。

わたしの答えは一つだった。

「わたしはこの水晶を渡さない。渡したらあなたたちは屈服させて平和を作ろうとする。でも平和って、そんなもんじゃないはず。それにそれを独善で決めたら怖いことになるもの。」

鳥の少女はちょっと見直した、ともいえる顔をしていた。

「へぇ。あんた意外としっかりしてるのね。すっからかんの癖に。」

すっからかん、なんだかわたしはわたしについてのキーワードを見つけたような気がした。

中身のない空き缶のような心で考えようとしていたのだ。

そう言われて当然だ。


 しかし鳥の少女はこの空き缶のようなわたしの心を察したのか、鳥の少女はヨクを言うのをやめた。

「そうなのね。そうするのね。」

「泥棒」はわたしたちの顔を憎悪するかのような目で見た。

「ならばわたくし、貴方たちから奪い取らせていただくわこの世界のために、人間のために、そして愛するお父様のために


 さっきよりももっと多くの、それこそ無数に近い数の魔法陣が展開された。

その規模は空を覆ってしまっているといっても過言ではないほどの数だった。

魔法陣で空が見えなくなる、そんな状況だった。


 そして「泥棒」は弓に手をかけた。

そして…

一気にそれを放った。

しかし鳥の少女は驚くというよりも冷静で、そしてこの状況にむしろあきれたといわんばかりの表情だった。

「あんたワンパターンなんだよ。なんで数撃てば何とかなるみたいな考えになるかな、この雑魚が!

そして鳥の少女は腕を翼に変え、翼から風を放つ。

すさまじい風だ。

立っていられない、そして立っているだけで足がもげてしまいそうな、そしてまるで冬の北風のような冷たい風だった。

その風は無数の弓を一気に追い返した。

そして…

「そこのクソ勇者この風の一番前に乗れ

何のことだかわからなかったが、わたしは言われるままにした。

これ以上クソ勇者なんて言われたくないし。


 わたしは風の始まりを探した。

そのために走った。

「なかなかやるじゃない。風が生ぬるくなったらそこが境だよ

鳥の少女の教えてくれたとおり、生ぬるい風を探した。


 しかしあまりに前に出ると文字通り矢面に立つことになる。

その塩梅が重要だ。

そして…

生ぬるく、なおかつ矢が当たる直前の場所を見つけた。


 わたしはそこで飛び上がり、風に乗る。

強い追い風がわたしを空へと飛ばし、先に進めてくれる。


 すると何を彼女が考えていたのか、分かったような気がした。

なにをすればいいのかわかったわたしの行動は早かった。 

そのままわたしは「白兎」に力を込める。

剣はやはり光りだした。


 風と、「白兎」の力で軽くなったわたしは風をけり、いったん高さを稼ぐ。

空は一気に曇っていく。

ゴロゴロと雷鳴轟く。

そしてピカッと空が青白く光り、「白兎」に落ちた。

雷の力はとてつもなく大きく、「白兎」を支えることに必死になる

そして強大なエネルギーを一心に手に感じつつ、振り上げる。

そして「白兎」を振り下ろす。

そして…

「白兎」は「泥棒」の身体をつらぬいた。

斬られたところから「泥棒」の身体はどんどんと消えていく。

「泥棒」は呻きとも悲鳴ともいえない声を発する。

「白兎」の光が、「泥棒」の身体から発せられる闇に照らされていく。

さらに力を込めると、「白兎」の切れ味がいいのか、「白兎」は軽く、サッと「泥棒」の身体は切り裂かれていった。

切り裂いた「泥棒」の身体は黒色の空に消えていった。

そして声は聴こえなくなった。


わたしは何ともいえない脱力感を感じた。

次に襲ってくるのは達成感だった。

「ありがとうございます。」

わたしは鳥の少女に近づいて挨拶をする。

「感謝はいらないよ。」

ため息をついて彼女は言った。

「でもあんた、なかなか見どころあるね。」

「見どころ

「うん。勇者らしくする素材としては確かにミルの見たところは間違ってないのかもってことよ。」

わたしはミルに選ばれたのではなく、「白兎」が選んだのだが…。

まぁそれはあまり気にしなくてもよさそうだ。

「あたしはナレ。カササギの一族よ。これからみっちりしごいてあげるから。」

なんだか怖いことを言う子だ…。

わたしはお辞儀をしようとしたが、その姿は固まってしまっていた。

「今からあたしの家に案内する。その荷物はそこに届けるもんだからね。」

案内をしてくれる。意外に優しいのかも…。

「あたしは飛ぶけどあんたは走ってもらうからね。」

そう言うとナレは空へと一気に飛び立っていった。


わたしはなにか心にひっかかる感じがしながらも、一生懸命、暗い道を走り始めた。

カササギの目の光を信じて。


※ヨク:英語のFワードのような韓国語

 

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